voodoo
Voodoo/D'angelo
 Cheeba Sound/Virgin '00

90年代以降で最高のファンク/ソウル・アルバム。後続のネオ・ソウルと称する自作自演派からメイン・ストリームのR&Bアーティストまで多大な影響を与え、多くのフォロワーが挙ってこのサウンドをコピーしようとしたけど、誰もディアンジェロの足元にも及ばなかった。
『Brown Sugar』は素晴らしいアルバムだけれど、正直言うと、まだこの時点では半信半疑だった。96年の『Live At The Jazz Cafe,London』を聴いて、その才能の凄さを確信した。そして2000年の『Voodoo』。JB、スライ、Pファンク、プリンスと繋いできた真実の革新ファンクの系譜を継ぐ者が現れた、と思った。
ディアンジェロは『Voodoo』で、偉大な先人たちからの影響を隠さない。アルバム全体を貫く重く沈んだグルーヴは、スライ『暴動』やカーティス『There's No Place Like America Today』を思い起こさせるし、スロー・ファンク主体の楽曲、煙たいホーン・アレンジはPファンクからの影響もありそう。ディアンジェロの呟くようなファルセットはアル・グリーンやカーティスみたいに聴こえ、時に臆面もなくプリンスっぽくなる。また、マーヴィンのように多重録音でヴォーカルを積み重ねる。ディアンジェロとソウル・クエリアンズは、革新ファンクの系譜を丁寧に辿った上で、真に独創的なファンク・ミュージックを提示して見せている。クエストラヴのドラムスとピノ・パラディーノのベースが繰り出すルーズにモタる漆黒のグルーヴは、ドロドロ、ズブズブと沈み込み、そこにギターのファンキーなカッティングが纏わりつき、くぐもったキーボードやスモーキーなホーンが揺らめく。
アルバムは1曲目の「Playa Playa」からモノ凄い密度のファンク。密森の奥深くで夜な夜な行われる怪しげなヴードゥーの儀式のような導入部に続き、クエストラヴのドラムスとピノのベースによる重いファンク・リズムがジワリジワリと迫り、カンカンというリムショットの乾いた響きを合図に一気にグルーヴが流れ込む。トラバサミのような鋭い歯で食い込んでくるマイク・キャンベルのワウ・ギター、煙たく燻されたロイ・ハーグローヴのホーンも怪しさに拍車をかける。Pファンクからの影響も窺わせるこのヘヴィー・スロー・ファンク一発で、このアルバム全体のムードを決定付けている。
アルバムから1年以上も先駆けてリリースされたシングル「Devil's Pie」はDJプレミアとの共同プロデュース。当然ヒップホップ色の強いトラックだが、いつになくマッシヴなプレミアのビートと地を這うベース・ラインはファンクそのもの。メソッドマン&レッドマンをフィーチャーした「Left & Right」もシングル・カットされた曲だが、ややルーズなグルーヴとディアンジェロ自身のギター・カッティングはかなりファンキー。
ここまでの冒頭3曲は、まだ比較的起伏のある展開で聴きやすいが、続く「The Line」以降の曲は極限まで音を削ぎ落とし展開を排したグルーヴ地獄。催眠的なベース・ラインがひたすらループし、ディアンジェロのファルセットがふわふわと舞う「The Line」、クール&ザ・ギャング「Sea Of Tranquility」のホーン・フレーズがぴったりハマッたソウル・バラード「Send It On」、ファンキーなスクラッチ・ギターとジェイムス・ポイザーの濁ったキーボード・リフがギクシャクしたファンク・リズムを刻む「Chicken Grease」、ドロリとした黒汁滴るスロウ「One Mo' Gin」、そこからやたらカッコいいジャズ・ファンク調のインタールド(これを4分ぐらいに引き延ばして1曲仕上げてほしいぐらいカッコいい)を挟み、チャーリー・ハンターが8弦ギターで催眠的なラインを爪弾く「The Root」へ。「Spanish Joint」は土臭いパーカッションが効いた疾走するジャジー・グルーヴ、ロバータ・フラックの大ヒット曲カバー「Feel Like Makin' Love」はスライっぽい沈み込むスロー・ファンク・グルーヴ、「Greatdayndamornin'/Booty」も引き摺るようなグルーヴのスロー・ファンク。
ディアンジェロの代表曲のひとつ「Untitled(How Does It Feel)」は官能的なバラード。プリンスの「Adore」や「The Beautiful One's」なんかを彷彿とさせる、ファルセットによる終盤の歌い込みなんかは、まるで殿下がディアンジェロに降臨してきたかのようなオマージュっぷり。ラストの「Africa」はプリミティヴな美しさに絆される。
『Voodoo』は、『暴動』や『Sign Of  The Times』が(個人的には)そうだったように、最初はピンとこない、良さを理解するのに時間がかかるアルバムだ。何だかよく分からないアルバムだけれど、何かが引っかかる。何度も繰り返し聴くうちに、次第に、ジワジワと体と脳が侵蝕されて、気が付いたら中毒になっている、そんなアルバム。経年劣化に耐え歴史に名を残す名盤とは、そういうプロセスを経ることが多いように思うが、そういう意味でも、『Voodoo』はまさに不朽の名作。

(2015.9.4加筆訂正)