theres nothing like this
There's Nothing Like This / Omar
 Talkin' Loud '91 

ジャマイカ系イギリス人アーティスト、オマーのデビュー作『There's Nothing Like This』。
当時隆盛を誇ったUKアシッド・ジャズの最重要レーベル、トーキン・ラウドからリリースされた本作は、日本でも音楽誌を中心に注目を集め絶賛されていた記憶があるが、個人的にも当時よく聴いた1枚。
ほとんどの曲において、コルグM1のみでリズム・トラックを組んで作られており、一聴では非常にチープなサウンド。デモ・テープっぽい生々しい感触は、音楽性はまった異なるがプリンス『Dirty Mind』を連想させたりもする。そんなロウ・バジェットな制作環境を補って余りある、オマーのセンスと作曲能力が光る。いや、このチープな音だからこそ、オマーの才能の煌き、凄味が剥き出しになって迫ってくるように感じる。オマーの太いヴォーカルは独特だが、節回しにはスティーヴィー・ワンダーの強い影響が窺える。当時スティーヴィーをよく引き合いに出されていたが、それはソング・ライティングの能力とヴォーカリゼーションによるところが大きい。オマーは本作の後、サウンドに厚味を増した2nd『Music』や3rd『For Pleasure』など良作をリリースしているが、この鮮烈な印象を刻み付けたデビュー作を超えることは出来なかったと思う。
まずは何と言ってもタイトル曲「There's Nothing Like This」。このふくよかにウネるベース・ライン、自身のルーツを匂わせるレゲエ・フレイヴァーがほど良く薫る極上ミディアム。この曲だけは厚みのあるプロダクションだが、それでも音数は少なく、ゆったりとしたスペースに円やかなグルーヴが横たわっている。
その他の曲は、91年産とは思えないチープで簡素なサウンドだが、今となっては反って経年劣化を感じさせないタイムレスな感触を受けたりもする。「Don't Mean A Thing」はフレッシュな勢いのあるアップ・ナンバー。ミステリアスな雰囲気の「You And Me」はヴァネッサ・サイモンとのデュエット。そういえばこの人のソロ・アルバムも聴いていたことを思い出した。
「Positive」はオマーのラップも入るヒップホップ調の曲。まったりリラックス・ムードのスロウ「I'm In Love」は、最もスティーヴィーっぽいメロディとヴォーカルを聴かせる。グルーヴィーな「Meaning Of Life」「Stop Messing Around」、自身の肉声と肉体だけでビートとハーモニーを繰り出す「Fine」など、最期まで聴き飽きない佳曲揃い。
70年代ソウルの歴史を正しく受け継ぎながら、インディペンデントな姿勢でオリジナリティ溢れる音楽を創造したオマーの存在は、ディアンジェロら、後のUSニュー・クラシック・ソウルにも大いに刺激を与えたに違いない。