here my dear
Here,My Dear / Marvin Gaye
 Tamla '78 

マーヴィン最大の問題作、邦題『離婚伝説』。
妻・アンナとの離婚裁判の結果、100万ドルもの莫大な慰謝料を支払うハメになったマーヴィン。浪費家で国税からもマークされていたマーヴィンに払う金などあるハズもなく、新たに制作するアルバムの売上を慰謝料に充てることに。ここまでは常人にも理解できるが、そのアルバムの内容全編に渡って、元妻との泥沼劇を赤裸々に告白するという着想は、一般人なら考えてはみても到底実行する気にはならないグロテスクさ。
アンナへの怒り・憎悪・未練・思慕などなど様々な感情がぐちゃぐちゃに混濁した歌詞は、奇怪という外ないが、奏でられる音楽はもの哀しく、そして美しい。『What's Going On』のような厚みのある豪奢なサウンドではなく、一聴チープにも思える簡素なプロダクションだが、それがかえって生々しく凄味を増している。マーヴィンのヴォーカルは深いもの哀しさに満ち満ちていて、サラッと歌っているのに後々まで心に残る。LP2枚組というサイズは、単価を上げて慰謝料の原資をより多く稼ぎたいという事情もあっただろうが、溢れ出る感情と才能をアルバム1枚に収め切れなかったということだろうか。本作が当時酷評されたのは無理もないと思うが、余りにも私的で暗くネガティヴなテーマを、アートとしてここまで昇華してしまえるのはマーヴィンの天才のなせる業。
アルバムの最初の2曲「Here,My Dear」「I Met A Little Girl」は、アンナとの幸せだった時代を懐かしむような優しく美しい曲だが、何とも言えないもの哀しさが潜んでいる。アルバムのメイン・テーマとなる「When Did You Stop Loving Me,When Did I Stop Loving You」は、美しいメロディと切ないリフレインが折り重なる。抑制されたグルーヴのジャズ・ファンク的なスロウ「Is That Enough」、抑え切れない感情が噴き出すかのようなサックスが素晴らしい「Sparrow」もジャジーな曲。表題どおりに怒りをブチ撒けるファンキーな「Anger」、浮遊するスペース・ファンク「A Funky Space Reincarnation」みたいな曲もある。アルバム中で最も簡素で儚い、その名も「Ana's Song」、辛辣極まる「You Can Leave,But It's Going To Cost You」と、アルバムを聴き進めるに従い痛々しさが増すが、何故かラストが明るい曲調で意味深なタイトルの「Falling In Love Again」というのも謎。