edwin birdsong

ロイ・エアーズのユビキティーのメンバーとして、そしてソロ・アーティストとしても印象深い作品を残したエドウィン・バードソング。
彼の名前は、エアーズ一座の旗揚げとなった1970年の『Ubiquity』から既にクレジットされている。そこではアレンジやオルガン、ヴォーカルの他、「Can You Dig It」など2曲を作曲し、エアーズの右腕として才能を発揮。その後もエアーズとのコラボレーションは続き『Red Black & Green』のタイトル曲や、『Mysitic Voyage』の「Brother Green(The Disco King)」、『Vibrations』の「The Memory」、そして『Lifeline』の「Running Away」、さらにランプ『Come Into Knowlegde』の「The American Promise」や「Daylight」などもエドウィンが書いた曲だったりと、エアーズに対するエドウィンの貢献はかなり大きかったと思う。

その一方で、ソロとしてのキャリアもスタート。71年には早くも1stアルバム『What It Is』を、73年には2nd『Super Natural』をエアーズと同じポリドールからリリース。1stは未聴なのだが、2ndなんかを聴くとサイケデリックでドス黒いファンク・ロック・サウンドといった感じで、同時期のファンカデリックあたりと同じ方向を向いていたことが分かる。
その後は、バンブーなるマイナー・レーベルから『Dance Of Survival』、PIRから『Edwin Birdsong』、サルソウルから『Funtaztik』と、80年代初めまでに計5枚のソロ・アルバムをリリース。ドロドロとした感触は残しつつも、初期のサイケでロックなサウンドから、シンセサイザーを駆使したコズミックなファンクへと徐々に移行していった。とは言っても、安易なディスコ路線へ阿ることはなく、最終作の『Funtaztik』なんか鼓膜がビリビリ痺れるような、異様にドス黒いエレクトリック・ヘヴィー・ファンクでエゲツない。
funtaztik


『Funtaztik』以降はアルバムのリリースはなく、しばらく続いたシングルも87年頃を最後にリリースは止まったようで、その後の活動状況はよく分からない。スティーヴィー・ワンダーの作品に参加したりはあったようだが。
90年代以降、彼の書いた楽曲は「Daylight」「Running Away」を筆頭にサンプリング・ネタとしても人気で(ダフトパンクは門外漢ゆえ知りませんでした)、これからもエドウィンの作品はクリエイターたちを刺激し、サンプリングを通して未来の音楽にも息づいていくのだろう。

まだ聴けていない1stアルバムは、どうやらCD化されていない模様。LPを探すか。

stevie