youre the man
You're The Man / Marvin Gaye
 Motown '19 

大ヒットと惜しみない賞賛を受けた『What's Going On』のリリースから約1年後、マーヴィン・ゲイは次のプロジェクトに取りかかった。当時のモータウン所属アーティストのリリース・ペースから考えれば、1年のブランクは次作への準備期間としては十分に時間を取ったものと言え、やはり『What's Going On』の次の作品がどうなるのか、周囲の期待はもちろん、マーヴィン本人に圧し掛かるプレッシャーも大きかったものと思われる。
1972年3月から4月にかけてレコーディングされた待望のニュー・シングル「You're The Man」は、前作の方向性を踏襲する社会意識の強い内容であり、より政治的に踏み込んだ内容のものでもあった。さらに、このシングルを中心とした同名タイトルのアルバム『You're The Man』の制作も進められた。しかし、シングル「You're The Man」はそこそこのヒットは記録したものの、どうやらマーヴィンおよびベリー・ゴーディーJr.にとってはモノ足りない結果だったようだ。
この頃、マーヴィンのもとにはブラックスプロイテーション映画『Trouble Man』のサントラ制作の話が舞い込んでいたが、スティーヴィー・ワンダーからもらったムーグ・シンセサイザーに夢中になっていたマーヴィンは、このサントラの制作に没頭しムーグの奇妙な音をたっぷり詰め込んだ。
シングルが不発に終わったこと、またマーヴィン自身の興味が『Trouble Man』制作に移ってしまったこともあり、アルバム『You're The Man』はリリースされることなくお蔵入りとなり、それ以来長らく幻のアルバムとして語り継がれてきた。

と、ここまではこれまでもよく知られていた話だが、この度その『You're The Man』が実に47年もの年月を越えて初めてリリースされた。しかもLPにして2枚組全17曲という大ヴォリューム。
しかし、個人的にはここでいくつかの違和感を覚えたのも確かだ。
ひとつは、収録曲のほとんどはこれまでに何らかのカタチで発表されてきた曲であるということ(そのうちの多くは『Let's Get It On』デラックス・エディションに収録されている)。まぁこれは仕方のない部分ではあると思うが、問題はもうひとつの違和感で、当時『You're The Man』がリリースされたとして、LP2枚組であったハズがない、ということだ。いくら『What's Going On』が未曾有の大成功を収めた後だからといって、あのモータウンが当時2枚組アルバムのリリースを許すとは思えない。
そもそも、当時未発表に終わった『You're The Man』はアルバムとして完成していたのか、それとも制作途中で断念したのか、どちらなのかもよく分からないのだが、いずれにしろ今回の蔵出し『You're The Man』は、アルバム制作時のセッションで録音された楽曲を中心に周辺音源を追加した、『You're The Man』拡大版という表現が適切かと思う。

では、本来の『You're The Man』はどんなラインナップだったのか?デイヴィッド・リッツの英文ライナーを自分の拙い読解力で読み解いても、そのあたりのことはよく分からない。どうやら、間もなく発売される日本盤CDにはリッツのライナーの対訳に加え、林剛×SWING-O両氏の対談が付いているようなので、そこでもしかしたら明らかにされていることもあるかもしれないが、ここではレコーディング・データなどをもとに"オリジナル"『You're The Man』の収録曲を推測してみた。

まず、シングル「You're The Man」はマーヴィンとケネス・ストーヴァーの共作、マーヴィンのセルフ・プロデュースで72年4月にリリース。一方、アルバム『Trouble Man』は72年12月リリース、それに先駆けてシングル「Trouble Man」が11月にリリースされている。また、映画『Trouble Man』の公開が11月1日からとなっている。サントラの制作時期はよく分からないのだが、映画公開に間に合わせるには遅くとも9月までには仕上げる必要があるだろう。
以上のことから、アルバム『You're The Man』のセッションは72年4月前後から8月頃までに行われたと推察できる。そして、その期間に録音された可能性がある曲は次のとおり。

・ケネス・ストーヴァ―と共作した「You're The Man」「You're The Man version 2」「I'm Going Home(Move)」
・ハル・デイヴィス・プロデュースの「The World Is A Rated X」
・グロリア・ジョーンズとパメラ・ソウヤーの作曲・プロデュースの「Piece Of Clay」
・ウィリー・ハッチが作曲・プロデュースした4曲「I'm Gonna Give You Respect」「Try It, You'll Like It」「You Are The Specal One」「We Can Make It Baby」
・フレディー・ペレン&フォンス・ミゼルがプロデュースした2曲「Where Are We Going?」「Woman Of The World」

アルバムの基軸となる「You're The Man」は、先にも述べたとおり政治的なステートメントを打ち出した曲だが、メロウ・ファンキーなグルーヴに、ファルセット主体のマーヴィンのヴォーカルがボクサーのごときフットワークで軽やかにかつ力強く舞う佳曲だが、たしかに「What's Going On」と比較しては分が悪いか。
共作者のケネス・ストーヴァーは『What's Going On』にもバック・ヴォーカルとして参加したソングライターで、レア・グルーヴ方面ではお馴染みの「Give Me The Sunshine」で知られるグループ、レオズ・サンシップのメンバー。この「You're The Man」にレオズ・サンシップに通じるムードを感じ取ることは難しくない。
「You're The Man Version 2」は、パーソネルがジェイムス・ジェマーソンを除いてガラリと変わり、ドラムとキーボードはマーヴィン自身が演奏している。こちらの方がより「What's Going On」に近いムードを醸しているように感じる。
「I'm Going Home(Move)」は幾分かラフな風情でデモっぽい印象も受けるが、どこか「Inner City Blues」っぽいヒタヒタと忍び寄るクールネスに満たされている。

「The World Is A Rated X」は、まさに「You're The Man」と方向性を一にする楽曲だが、録音は72年8月から11月となっており、時期的には『You're The Man』セッションにこの曲が含まれるのか微妙な部分ではある。「Piece Of Clay」はジャジーでゴスペル的でもある美しいバラードで、これはなかなかの名曲。
ウィリー・ハッチが作曲・プロデュースを手がけた4曲は、いずれもオーセンティックなノーザン・スタイルのソウル・ナンバーで、『Let's Get It On』のデラックス・エディションに入っていて何ら違和感を感じさせないような曲だった。楽曲の良さ、マーヴィンのヴォーカル、どれを取っても素晴らしい出来だ。

フレディ・ペレンとフォンス・ミゼルがプロデュース、ラリー・ミゼルがアレンジを手がけた2曲は、後のスカイハイ・プロダクションの諸作に通じるようなメロウ・グルーヴィーなサウンドが爽快で、マーヴィンと彼らのコラボレーションがこの後も続いていたらどんな作品を生んでいただろう、という可能性を感じさせてくれる。「Where Are We Going?」は翌年のドナルド・バード『Black Byrd』で改めて取り上げられた曲。「Woman Of The World」は「Inner City Blues」のような出だしから、滑らかにグルーヴィーに滑り出す。

このように、それぞれプロデューサーが異なるこれらの楽曲は、そのタイプも様々。
マーヴィンの70年代の名作群が、いずれも単独のプロデューサーを起用し(もしくはマーヴィン自身のセルフ・プロデュース)、アルバム全体の統一感やコンセプトが一分の隙もなく透徹されていることを考えると、例えばかなり作風の異なるハッチとミゼル兄弟の楽曲をマーヴィンが同じアルバムに入れるとは考えにくい。
リッツのライナーにも書いてあるが、この時期マーヴィンは多くのプロデューサーとのコラボレーションを試し、アルバム制作の方向性を探っていたのではないかと思う。そういった幾つかのお試しセッションを経て、プロデューサーの人選と作品の方向性を固め、本格的にアルバム制作を進めようかというところで、諸々の事情により『You're The Man』のプロジェクトは消滅してしまった、というのが真相ではないかと勝手に推測する。

本作に収録された他の曲については、録音時期を考えれば『You're The Man』に収録された可能性は低いと思うが、いずれも聴く価値のある曲ばかりだ。
ロマンティックなバラードの「My Last Chance」と「I'd Give My Life For You」、多重録音コーラスが美しく層をなす「Symphony」の3曲はサラーム・レミがリミックスを施したヴァージョンを収録。クリスマス・ソングが2曲あり「Christmas In The City」はインスト曲、「I Want To Come Home Christmas」はヴォーカル曲。「Checking Out(Double Clutch)」はインスト主体でマーヴィンは語りを入れる程度。ファンキーでデトロイトっぽい硬質なグルーヴがなかなかカッコいい。