where im coming from
Where I'm Coming From / Stevie Wonder
 Motown '71 

スティーヴィー・ワンダーが初めてセルフ・プロデュースを行ったアルバムは1970年の『Signed, Sealed, Delivered I'm Yours』だが、(質は高いが)まだ従来のモータウンのポップ公式から逸脱するほどの作品ではなかった。
同作からはアルバム・タイトル曲が大ヒットし、またスピナーズに珠玉の名曲「It's A Shame」を提供するなど、歌手としてソングライターとして更にまた一歩飛躍したこの年のスティーヴィーだが、一方で次作となる71年の『Where I'm Coming From』からは目立ったシングル・ヒットもなく、アルバム自体の印象も(前後の作品に比べれば)地味なものであることは否めない。

しかし本作は、後の黄金時代のスティーヴィーへと直接的に繋がっていく起点、ターニング・ポイントと言える重要作だ。
前作はセルフ・プロデュースではあるが、基本的にはレーベル側の意向に沿った作品づくりがなされており、それはアーティストとしての自我が目覚め始めたスティーヴィーにとっては本意ではなかったのだろう。
一方で本作は、アルバム制作における決定権のすべてをスティーヴィー自身が掌握し、真の意味でのセルフ・プロデュースを実現した作品となった。また、作曲の才能を既に開花させながら、前作では自作曲は半分程度に留まっていたが、本作では全曲を自作曲で固めている。
ここで注目すべきは、全曲がスティーヴィーと当時の妻、シリータ・ライトとの共作であるという点。ヒットした前作のタイトル曲や「It's A Shame」もスティーヴィーとシリータの共作だったが、そこで自信をつけたのだろう、私生活のパートナーであるだけでなく、ソングライター・チームとしても信頼を深めていた2人は、自分たち以外の他者やレーベルからの干渉を極力排除しようとしていたのかもしれない。たしかに本作は非常にパーソナルな作品のようにも聴こえる。

サウンド面で重要と思われるのは、「Do Yourself A Favor」の1曲のみではあるが、いよいよファンクの発露が見られることだ。
これまでにもファンキーな楽曲はあったが、ここでは更に2~3歩踏み込んでファンクの骨格がグッと露わになっていて、明らかに別次元へと到達している。ブラックホールに準えて言うならば、二度と元の場所には戻れないファンクの地平面をスティーヴィーはこの時越えた。
特筆すべきはクラヴィネットの大胆な活用だ。前作のビートルズ・カバー「We Can Work It Out」など、既にスティーヴィーはクラヴィネットを自分の作品に持ち込んではいたが、凶暴なファンクネスを増幅させる楽器としてのクラヴィネットの鳴らし方を確立したのは本作(の「Do Yourself A Favor」)においてだ。
本作のリリースが71年4月、スライの『暴動』と「Outa-Space」を含むビリー・プレストン『I Wrote A Simple Song』はともに71年11月。スティーヴィーの70年代前半のファンク路線が取り分けスライから大きく影響を受けているのは間違いないと思うが、ことクラヴィネットの使用に関して言えば、(自分は完全に勘違いしていたのだが)スティーヴィーの方がスライやビリーに先駆けていたのだ。

これまでのスティーヴィーには見られなかった攻撃的なファンク・サウンドが牙を剥く一方で、万人にアピールし得るメロディー・メイカーとしての才能も徐々に発揮されつつあり、美しいメロディーを持つ曲やポップ・センスが発揮された曲も多数収録されている。黄金期のスティーヴィーの作品にはファンクとポップが極めて高い水準で共存いしていたが、本作はまだ手習いながらもそのスタイルを初めて示した作品とも言えるだろう。

アルバムのオープニング・ナンバー「Look Around」は、ハープシコード風の音色のクラヴィネットをクラシカルに演奏し、スティーヴィー印のメロディーと歌唱で捏ねくり回す。コーラスの一人多重録音もあり教会音楽風の雰囲気を醸す。
「Do Yourself A Favor」はグシャグシャ、ギットギトのクラヴィネットが噛みつき蠢き這いずり廻る、凶暴でダーティーなクラヴィネット・ファンク。ハードに打ちつけるドラムやサイケデリックに渦巻くオルガンも相俟って、スライやファンカデリックを髣髴とさせるダークでエグいファンク・ナンバーになっている。

「Think Of Me As Your Soldier」は穏やかなバラードで、スティーヴィーの普遍的なポップ・センス、瑞々しくも情緒に訴えるメロディーを生み出す才を発揮。「Something Out Of The Blue」はソフトでメロウな室内楽的ナンバーだが、サビの最後で捻じれるメロディーもまたスティーヴィーらしさ。
「If You Really Love Me」は高らかに鳴るホーンが都会的な雰囲気も醸すアップテンポのポップ・ナンバーで、スティーヴィーに寄り添うシリータのコーラスも効果的。

「I Wanna Talk To You」はノヴェルティ調のナンバーで、ズンドコなドラムにフザケたような曲調と変な声で歌うスティーヴィーのヴォーカルもファンキーだ。「Take Up A Course In Hapiness」はジャズっぽさもあり、しかし曲の印象としては極めてポップ耳馴染みよく、そしてここでもメロディーは輝いている。
「Never Dreamed You'd Leave In Summer」は青臭くも切ない、少ししんみりとさせるバラード、そしてメロディーは珠玉。ラストの「Sunshine In Their Eyes」はピアノと弦をあしらったバラード。スティーヴィー節のメロディーと歌唱に、子供コーラスは反則技。途中で違う曲が始まったかのような複雑な構成はかなり凝っている。