Words
Words / The Tony Rich Project
 Laface '95 

90年代後半、ディアンジェロやマックスウェル、エリック・ベネイ、エリカ・バドゥといった才能がデビューし盛り上がりを見せた、いわゆる "ニュー・クラシック・ソウル"(敢えてこう呼びます)のムーヴメント。
NCSとは、主に自作自演派のアーティストが当時のR&Bのメイン・ストリームに阿ることなく自身のオリジナルな表現を追求するシーンの機運というか動きのようなもの、と解釈しているが、90年前半には既に、トニー・トニー・トニーやオマー、ミシェル・ンデゲオチェロなど、後のNCSの源流となるような作品がいくつか生まれているものの、NCSの直接的な起点となるのは95年リリースの3枚、ディアンジェロ『Brown Sugar』、ソロ『Solo』、そしてトニー・リッチ・プロジェクト『Words』と見て間違いないだろう(個人的には、ここにジョーン『Back To Reality...』やソサイエティ・オブ・ソウル『Brainchild』も加えたいところではあるが)。
その影響力という点では、『Brown Sugar』はやはり途轍もなく巨大な存在だが、95年当時はディアンジェロと並び称されていたトニー・リッチはというと、今やほとんど忘れ去られてしまっているのは寂しいところだ。

もともとラフェイスのライターとして活動していたトニー・リッチのデビュー作となるのが本作『Words』。名義はトニー・リッチ・プロジェクトだが、グループではなくトニーのソロ・プロジェクトという意味合い。
本作のほとんどの曲をトニー自身が作曲し、アルバム全体のプロデュースにアレンジ、多くの楽器の演奏も自身でこなすマルチ・アーティストぶりだが、まず何よりもトニーは作曲家であり、本作もシンガー・ソングライター的な作品だと感じる。
作曲家としては、師匠ベビーフェイスの影響が大きいようで(或いはレーベル側の要請か)、本作中の何曲かはまるで童顔氏のような美メロぶり。サウンドはいわゆるフォーキーな音でアコースティック・ギターや生ピアノの音が瑞々しく響く。トニーの音楽にはヒップホップを通過した跡はほとんど見られず、ヒップホップとの距離感はディアンジェロとの大きな差異になっている(し、結果的にトニーの以降の活動が低迷したように見えるのも、そのあたりが要因ではないかと思う)。

アルバムの冒頭を飾る「Hey Blue」から、円やかなメロディとふくよかなアコースティック・サウンドの豊饒な音楽が流れる。本作からの1stシングルとなる「Nobody Knows」は、唯一トニーの自作ではない曲で、自作曲以上にベビーフェイス調の楽曲、心なしかトニーのヴォーカルもフェイス節濃厚。
「Like A Woman」は乾いたアコースティック・ギターやスネアの響きが土臭い、グルーヴィーなフォーク・ソウル。アーシーなサウンドの「Grass Is Green」、「Ghost」は当て所なく彷徨うような幽玄ミディアム。

ポップなメロディの童顔ライクなR&Bナンバー「Leavin'」、グルーヴィーなミドル・チューンの「Billy Goat」、「Under Her Spell」は重たくブルージーなムードのナンバー。
アップテンポのR&Bチューン「Little Ones」、ラストの「Missin' You」もフェイス調のメロディアスなナンバー。この曲や「Nobody Knows」のような方向性で以降もやっていけば、トニーはR&Bのスターになれたのかもしれない。

本作はヒットしトニーは注目を集め、96年のグラミーではディアンジェロとの2メン・セッションでスティーヴィー・ワンダーの「Living For The City」や「I Wish」などを演奏し話題を呼んだ。その後のトニーは98年の『Birdseye』を最後にラフェイスを離れ、以降はマイナー・レーベルでマイペースに活動を続ける。自分は2003年の3rd『Resurrected』までしか聴いてないが、ラフェイス時代には見られなかったようなオルタナティヴでロック色も濃いサウンドに当時は面喰ったのだが、しかし今聴いて面白いのは個人的にはこちらの方で、本人も本当にやりたかったのはこういう音楽だったのかもしれない。